"テレビ批評(光る君へ)"の記事一覧

「光る君へ」総集編

12月29日(日) 「光る君へ」総集編を観る。。 まひろの思い出語りで進行する形式。 「籠から逃げる(自由を求める)鳥」のモチーフ。 全編を貫く主題。 そして、『源氏物語』若紫の巻に投影。 学問好きの嘘つき(妄想癖)の風変わりな女の子と、調子を合わせる学問が好きでない貴族の息子の川辺(賀茂川)の出会い。 道長、…

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「光る君へ」生活種族、再現性の高さ

12月16日’(月) 生活習俗という点で、ドラマ「光る君へ」の演出で良かった点は住環境の再現。 開放的(過ぎる)な寝殿造の構造的特性がセットで見事に再現されていた。 夏は風が通って涼しそうだが、冬はさぞ寒かったと思う。 もう1点、道長の執務場所が、廂(ひさし)の間の、しかも縁に近い場所にしつらえられていたのは、 採…

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「光る君へ」生活種族、演出と史実の違い

12月16日’(月) 生活習俗という点で、ドラマ「光る君へ」の演出と、史実としての平安時代の違い。 思いつくままに3点。 ① 平安時代の貴族が最も怖れた「死穢」の扱いがきわめて軽い。 三郎とまひろが、葬送の地である鳥辺野で、友人の直秀の遺骸を素手で生めるシーンがあったが、まずありえない。 ② やはり平安貴族が重視し…

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「光る君へ」第48回(最終)

12月15日’(日) 「光る君へ」第48回(最終) あ~ぁ、終わっちゃった。 長年待ち望んだ平安王朝・大河ドラマ。 1年間、1回も欠かさず、堪能させていただきました。 40年前、『御堂関白記』の購読会で机を並べた、時代考証の倉本一宏さん、ほんとうにお疲れさまでした。

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藤式部、大宰府へ

11月24日(日) 「光る君へ」 藤式部が旅に出る。行く先は大宰府。 道長は「(朝廷の)使船に乗っていけ」と言う。 藤式部の身分は、太皇太后(彰子)付きの女房で、おそらく位階・がある公的な女官ではない。 さらに、旅は公用ではなく私用である。 朝廷の使船に便乗することが、特別待遇だ。 難波津から瀬戸内海を…

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望月の歌

11月17日(日) 「光る君へ」第44回 この世をば わが世とぞおもう 望月の   かけたることも なしと思えば 孫2人が天皇と東宮、3人の娘が「三后」として並び、長男は摂政、我が身は太政大臣という栄華の絶頂で詠まれたとされる藤原道長の歌。 その彼が心の中で眺めていたのは、最愛の女性(藤式部)と結ばれた六条の廃…

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もうすっかり上臈女房

10月20日(日) 「光る君へ」 出身身分が低い(受領階層)新参で、後ろの方にいたのに、いつの間にか最前列にいる藤式部。 もうすっかり上臈女房。 中宮様の篤い信頼、左大臣様との特別な関係が背景。

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藤原惟規の死

10月15日(火) 「光る君へ」第39回「とだえぬ絆」 藤式部の弟、藤原惟規の死については、寛弘8年(1011)、父・為時の任地である越後に同行して、その地で亡くなったこと以外、史料はない。 正確な没年も年齢も不詳で、おそらく30代半ばと思われる。 当時の急死のパターンとしては、「脚気傷心」、ビタミンB1不足に由…

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台車式部

10月6日(日) 台車で運ばれる藤式部さま。 まるで大きなお雛様を運んでいるみたい。 装束を脱いで移動するか? 装束のママ台車で運ばれるか?の選択で、後者を選んだとのこと。 女房装束(俗に「十二単」)は、それだけ脱ぎ着が大変ということ。 実際には、脱ぐより着付けが大変。 脱ぐのは、帯がないので意外とスポン…

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