"生活文化・食文化・ファッション文化論"の記事一覧

【再録】「杉村久子日記」に見る大阪船場の「節分の巻寿司」習俗

2012年02月03日 「杉村久子日記」に見る大阪船場の「節分の巻寿司」習俗 2月3日(金) ついこの間、歳が明けたと思ったら、もう今日は節分である。 節分の「恵方巻」については、3年前に調べて書いたことがある。 (参照)2009年02月03日 節分の「恵方巻」のからくり 要約するとこんな感じになる。 (1)…

続きを読むread more

礒田湖龍斎「雛形若菜の初模様」シリーズ

1月26日(日) 今夜のNHK大河ドラマ「べらぼう」に出てきた 礒田湖龍斎の「雛形若菜の初模様」シリーズ(大判錦絵)のうち「たまや内 しづか」(1775年)。 しずか花魁の帯の柄、青海波に何かいる・ 兎さんだ。 波を渡る兎といえば、出雲神話の「因幡の白兎」。 おしゃれだなぁ。

続きを読むread more

蕎麦切りの原形態

9月2日(月) 「X」で友人の研究者が「蕎麦史」論議をしているので、私の見解を少し。 蕎麦(蕎麦切り)の原形態をどのようにイメージすべきなのか? 江戸時代、大都市における蕎麦の大衆化は、屋台見世の「二八蕎麦」が主導したと思われ、その形態は 器に入れた蕎麦に汁をかける「かけ」だった。 これは狭い屋台見世で、丼一つ…

続きを読むread more

三角形のフレアー・ミニ

6月27日(木) キャンディーズ「暑中お見舞い申し上げます」(1977年) 松田聖子「夏の扉」(1981年)の衣装。 こういうシルエットが三角形になるフレアーのミニスカートが流行った時代があったのか? ?を付けたのは、記憶がまったく欠落しているから。 ちょっと調べてみよう。 女装世界で、このタイプのフレア…

続きを読むread more

女房装束の重さ

6月20日(木) NHK「朝イチ」で、平安時代の女房装束を再現して、重量12kgと言っていた。 まあ、そんなもの。 もう少し重いかも。 絹もたくさん重ねると重いのだ。 画像は「王朝時代の私」。 唐衣・裳を着けていないので女房装束ではなく、小袿姿。

続きを読むread more

ボディコン・ワンピースの背景

6月13日(木) 1990年代のバブル崩壊期のディスコファッションとして身体のラインが出るボディコンシャスな服が流行った背景には、伸縮性に富んだスパンディング素材の導入がある。 ↑ 私が着ているボディコンワンピース(1993年)はどちらも、かなりの伸縮素材。 人間、とりわけ女性の身体には凹凸があるので、スパンディン…

続きを読むread more

サイドが開くボディコンミニ(その2)

6月13日(木) バブル崩壊期、1992~93年頃のディスコファッション、サイドが開いているボディコンミニは、通常の下着が着けられない。 ブラジャーのサイド部分やショーツの紐がみえてしまうからだ。 で、どうしたかというと、特殊な形状の下着?を着けていた。 ブラは、乳房に直接貼り付けてリフトする「ヌーブラ」。 シ…

続きを読むread more

サイドが開くボディコンミニ(その1)

6月13日(木) バブル崩壊期、1992~93年頃のディスコファッションは、ボディコンミニの裾丈が極限的に短くなって、もうこれ以上は無理状態になると、なぜかサイドが開き始めた。 ↑ 私が着ているワンピース(1993年)は、裾から腰骨のあたりまで、そして両袖のサイドが金属リングになっている。 ↑ この女性のワンピ…

続きを読むread more

女性の行動を制約する衣服

6月12日(水) 以前(10年前)、資料として集めたフェティッシュ・ファッションの画像。 この女性のポーズがずっと不思議だった。 画像処理を変えたら、モデルさんが挙げている右手は、天井に着いているのがわかった。 つまり、つっかえ棒にして身体を支えている。 この接地面積ではそうでもしないと立っていられない。 …

続きを読むread more