"性社会史研究(性別越境・同性愛)"の記事一覧

20世紀末(1990年代前半)の商業女装クラブ(その18)メイクの師匠

1月20日(月) 「エリザベス会館」のメイクシステムは単純で、手が空いたメイクさんに順番で入る。 客はメイクさんを選べない。 私も、最初のうちは、3人いたメイクさんに一渡りやってもらった。 ところが、新人賞をもらった後、初来館から半年が経った頃(1991年の初頃)、いちばんベテランのメイクさんが 「順子のメイクは、…

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20世紀末(1990年代前半)の商業女装クラブ(その17)「エリザベス」神田店

1月19日(日) 私が通い始めた頃(1990年6月直情直情商業女装クラブ「エリザベス会館」は、都営地下鉄新宿線の岩本町駅の直上、靖国通りに面した「筒井ビル」(住所は千代田区神田須田町2-8-4)にあった。 1階が地下鉄の出口と喫茶店、2~5階が「エリザベス会館」だった。 2階が、下着、洋服、化粧品など女装用品を売っているシ…

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20世紀末(1990年代前半)の商業女装クラブ(その15)1994年の「ほうづき市」

1月18日(土) 1994年7月10日、「浅草寺ほうづき市」。 初めてウィッグをアップに結ってもらった。 ↑ 「新門」のお姐さんと この時期、「エリザベス会館」の独裁者S専務との関係は修復不能になっていて、遠からず辞める覚悟はできていた。 同期(花の90年組)で仲が良かった岡野香菜さんと記念撮影。 …

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20世紀末(1990年代前半)の商業女装クラブ(その14)キャバレー「ハリウッド」

1月18日(土) 1994年6月26日、「エリザベス会館」の外出イベントで、キャバレー「ハリウッド小岩店」に行った。 なんで女装クラブのイベントでキャバレーに行くのか?よく分からないのだが(発言力のある先輩に行きたい人がいたのだろう)、それは、「ハリウッド」側もそうだったようで、ホステスさんの接客も、どこかぎこちなかった。 …

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20世紀末(1990年代前半)の商業女装クラブ(その13)1994年「亀戸天神・藤祭り」

1月18日(土) 商業女装クラブ「エリザベス会館」の外出イベント。 亀戸天神の「藤祭り」、1994年5月3日。 地元・亀戸のイベントなので、さすがにタクシーは使わない。 「エリザベス会館」とは亀戸駅を挟んで反対側なので、街中をぞろぞろ10数分、歩いて行った。 途中でである地元のおばさんなどは、 「あら、あら・・・、い…

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20世紀末(1990年代前半)の商業女装クラブ(その12)1994年「新年会」

1月18日(土) 1994年1月8日、亀戸の街のスナックで「新年会」。 比較的少人数だった記憶がある。 「エリザベス会館」は冷暖房完備の「常春の国」で、そこで女装している分には防寒具はいらない。 だから厳冬期の夜間外出に対応できる会員さんが少なかったのだと思う。 逆にフェイクファーのハーフコート(当時の流行)やロン…

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20世紀末(1990年代前半)の商業女装クラブ(その11)初めての和装外出

1月18日(土) 「エリザベス会館」の外出イベントで、私がいちばん好きだったのは、7月の「浅草寺ほうづき市」。 画像は1993年7月10日、私にとって初めての和装外出だった。 「あなたは着物が似合うからどんどん着なさい」と、「エリザベス会館」の和装女装の大御所・斎藤玲子さんのお墨付きをもらっていたが、この日の体験で…

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20世紀末(1990年代前半)の商業女装クラブ(その10)イベント外出の定番

1月18日(土) 「エリザベス会館」の外出イベント、私にとっては、春の「お花見」と夏の「東京湾納涼船」が定番だった。 1993年7月17日「東京湾納涼船」。 黒のタンクトップにオレンジのサマー・カーディガン、黒のタイトミニ。 竹芝桟橋で。 1994年4月8日、上野公園での「お花見」。 どこかの会社のお花見…

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