モロッコで「性転換手術」を受けた人たち
2月16日(日)
モロッコ・カサブランカのジョルジュ・ブロー医師の病院でSRSを受けた日本人としてはカルーセル麻紀さんが有名だが、麻紀さんが最初ではない。
日本人で一番早いのは、わかっている範囲で、1968年夏に手術しているカトリーヌ中江という人。
次が1969年に手術しているコニー池本という人。
1973年10月に手術したカルーセル麻紀さんよりだいぶ早い。
それとカルーセル麻紀さんとモロッコに同行して手術を受けた理沙さんという人がいた。
手術の予後が悪く(手術部位の感染で高熱)、いろいろたいへんだった麻紀さんと違って、理沙さんは予後が良く、麻紀さんの看病をしたという。
手術日がどちらが先だったのか、わからない。
ところで、1973年10月にカルーセル麻紀さんがモロッコ・カサブランカのジョルジュ・ブロー医師の病院でSRSを受けた時の手術費用は150万円だった。
当時は。変動相場制に移行して間もない頃で、1ドルはだいたい280円くらいが相場だったので、150万円は5350ドルくらい。
まだ、外貨の持ち出し制限(1回500ドル以内)があったので、5350ドルは日本から持ち出せない。
そこで、いったんパリに滞在して、手術費用を稼いで、それからモロッコに行った。
麻紀さんは、当時パリにあったゲイバー「青江」の分店でホステスをしてお金を貯めた。
麻紀さんより、4~5年早く(1968年、1969年)モロッコでSRSをした中江さんや池本さんは1ドル=360円の固定相場の時代なのでもっとシビア。
2人とも、パリで「高級コールガール」をして手術代を稼いだらしい。
その際、白人と日本人の「ハーフ」の女性に擬態した。
「カロリーヌ中江」とか「コニー池本」という「ハーフ」っぽい名乗りは、そういう事情から。
「モロッコで手術」と言っても、めちゃくちゃ大変な時代だった。
モロッコ・カサブランカのジョルジュ・ブロー医師の病院でSRSを受けた日本人としてはカルーセル麻紀さんが有名だが、麻紀さんが最初ではない。
日本人で一番早いのは、わかっている範囲で、1968年夏に手術しているカトリーヌ中江という人。
次が1969年に手術しているコニー池本という人。
1973年10月に手術したカルーセル麻紀さんよりだいぶ早い。
それとカルーセル麻紀さんとモロッコに同行して手術を受けた理沙さんという人がいた。
手術の予後が悪く(手術部位の感染で高熱)、いろいろたいへんだった麻紀さんと違って、理沙さんは予後が良く、麻紀さんの看病をしたという。
手術日がどちらが先だったのか、わからない。
ところで、1973年10月にカルーセル麻紀さんがモロッコ・カサブランカのジョルジュ・ブロー医師の病院でSRSを受けた時の手術費用は150万円だった。
当時は。変動相場制に移行して間もない頃で、1ドルはだいたい280円くらいが相場だったので、150万円は5350ドルくらい。
まだ、外貨の持ち出し制限(1回500ドル以内)があったので、5350ドルは日本から持ち出せない。
そこで、いったんパリに滞在して、手術費用を稼いで、それからモロッコに行った。
麻紀さんは、当時パリにあったゲイバー「青江」の分店でホステスをしてお金を貯めた。
麻紀さんより、4~5年早く(1968年、1969年)モロッコでSRSをした中江さんや池本さんは1ドル=360円の固定相場の時代なのでもっとシビア。
2人とも、パリで「高級コールガール」をして手術代を稼いだらしい。
その際、白人と日本人の「ハーフ」の女性に擬態した。
「カロリーヌ中江」とか「コニー池本」という「ハーフ」っぽい名乗りは、そういう事情から。
「モロッコで手術」と言っても、めちゃくちゃ大変な時代だった。
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