「和装のモダンガールはいなかったのか? ―モダン・ファッションとしての銘仙―」のパワーポイント資料を作る

7月3日(金)

来週土曜日(11日)、京都女子大学で開催される「デザイン史学研究会第13回シンポジウム :スーツと着物―日本のモダン・ファッション再考」での報告 「和装のモダンガールはいなかったのか? ―モダン・ファッションとしての銘仙―」のパワーポイント資料を作る。

夜中、頑張って、なんとか形になったが、スライドが多すぎる。
持ち時間はが30分しかないのに47枚・・・。

簡単に結論を言うと、画像のような色柄の着物を着てる人って、江戸時代にはもちろん、明治時代にも絶対にいない。
110610 (2).jpg銘仙41-5(復刻足利・松葉・061103)  (2).jpg
この手の「モダン着物」(化学染料+力織機+モダンデザイン)を着た人が現れるのは、1920年代以降。
1920~1930年代、「モダンガール」が出現した時代には「モダン着物娘」がたくさんいた。
しかも、人数的には「モダン着物娘」の方がずっと多い。

その革新性・画期性・近代性を無視して、伝統的な着物と同じ物と見なして、日本近代デザイン史・ファッション史を語るのは大間違いということ。

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